古代日本のすぐれた文化財に土偶(どぐう)がある。土偶と埴輪(はにわ)は、似ているところもあるが、全然ちがう。まず、時代が異なる。時代区分からすれば、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、そして古墳時代とつづくが、土偶は縄文で、埴輪は古墳時代のものである。
もうひとつの大きな相違は、土偶は女性像だということ。土偶にも男性か女性か判別するのがむつかしいのもあるが、埴輪のようにあきらかに男性とわかる形をした土偶はひとつもない。
いま、東京国立博物館で「土偶展」がひらかれている(2月21日まで)。国宝3件、重要文化財23件、重要美術品2件を含む選りすぐりの土偶が67件展示されている。これほどの土偶が一堂に会することは、当分あるまい。
どうして土偶のオールスターが全国から東京に集まったかといえば、昨年9月10日から11月22日までロンドンの大英博物館で文化庁海外展「土偶」が開催され、好評のうちに終了。その展示品の帰国を記念してひらかれているのが本展だ。
いちばんのみどころは、やはりつぎの国宝3件といえよう。
1、「縄文のビーナス」といわれる土偶は、ミロのビーナスとはちがって、お尻が極端に大きい(長野県茅野市棚畑遺跡、高さ27㌢)。お尻を後方に突きだす姿勢から「出尻(でっちり)土偶」とも呼ばれている。妊婦のようだが、おおらかで、ふくよかな縄文の女性がしのばれる。
「土偶展」での撮影は禁じられている。さいわい「出尻土偶」の複製が国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)に展示され、撮影も許可されているので、以前、撮ったスナップをアップしておこう。

2、「合掌土偶」は、両ひざを立てて座り込み、胸の前で合掌する姿となっている(青森県八戸市風張1遺跡、高さ19・8㌢)。表面にわずかに赤色塗料が残っている。当初は、全身が赤く塗られていたようだ。
3、内部が空洞になっている「中空土偶」は、北海道でただひとつの国宝だ(函館市著保内野遺跡、高さ41・5㌢)。緻密な文様がみごとである。
縄文人は、土偶にどういう思いをこめていたのだろう。女性像ばかりということは、安産とか、豊饒なるものへの願いといったことが考えられる。
とはいえ、「合掌土偶」も「中空土偶」も乳房は小さく、女性的というイメージからはすこし離れている。あるいは、現代人には、とても想像がつかないような思いが、縄文の土偶にはこめられているのかもしれない。
〔フォトタイム〕
神田橋その2
神田橋には、首都高速都心環状線の出入り口があります。



by abusan
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