「さいごは、わたしが決めます」と大見栄をきっていた鳩山さん、結局、決めたのは普天間問題の先送りだけ。にもかかわらず、その直後のセリフも、じつに響きのいいものだった。いわくーー。
「最終的に、この案だというものをかならずみつけます」。
しかし、もう鳩山さんのことばを信じる人など、そう多くはあるまい。
さきの総選挙のときから、鳩山さんは、沖縄県民に、県外移設を約束していた。しかし、実際には、単なる口約束で、対案も腹案もあったわけではない。おそらく、いまに至るも、本気で考えたことはないのはないか。
まさに、腹案なき鳩山発言の、耐えがたいほどの軽さ、という感じ。
迷走3か月、「辺野古以外」を模索する岡田克也外相や、グアム視察の北沢俊美防衛相らの言動を、鳩山さんはときには、評論家のように、あっけらかんと眺めていた。
具体策をなにひとつ提示しないまま、鳩山さんは、この問題から可能なかぎり逃げようとしている。
逃げの鳩山さんよ、どこへ日本を連れていくのか。
〔フォトタイム〕
山種美術館その3
山種証券の創業者、山崎種二は、15歳のときに、群馬県から上京し、米問屋の小僧として住み込みで働きました。故郷を出るとき、山崎少年のふところには、わずか86銭しか入っていなかったそうです。



by ~こめんとするあほぅ…
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