昨夕、フジサンケイグループ主催の第22回「正論大賞」、第7回「正論新風賞」贈呈式が、赤坂プリンスホテルでありました。大賞を受賞したのは、初代内閣安全保障室長の佐々淳行さん(76)。新風賞は、筑波大学大学院教授の古田博司さん(53)。会場には、石原慎太郎都知事ら約350人が集まり、盛大なパーティーとなりました。佐々さんは元警察官僚で、浅間山荘事件で陣頭指揮をとった人。あいさつでも、そのことが話題になり、そういえば、あの事件は、今頃だったなあ、と思いました。
もう35年も経ちましたが、昭和47年(1972年)2月に起きた浅間山荘事件は忘れられません。当時、週刊サンケイ編集部にいて、連合赤軍が潜んでいたことがわかった群馬県の榛名山へ取材に行きました。仲間のリンチ殺人を繰り返していた連合赤軍は、銃砲店からライフルなどを盗んでいましたので、警察は必死になって行方を追っていたのです。
現地に着いたら、榛名山から長野県へ逃げたというので、すぐ軽井沢へ向かいました。2月19日のことです。あとでわかったのですが、連合赤軍のメンバーは5人(坂口弘、吉野雅邦、坂東国男、加藤倫教、加藤元久)。かれらは、軽井沢の河合楽器の保養所「浅間山荘」の管理人の奥さんを人質にとって、立て籠もったのでした。それから10日間、激しい攻防戦が展開され、テレビで生々しく放映されたことは周知のとおりです。
しんしんと冷え込む夜、吉野の母親が、山荘にむかってマイクで呼びかけました。その悲痛な声が、まだ耳に残っています。その声の方角にライフルが撃ち込まれたのです。撃ったのは、吉野だったのか、あるいは、他のメンバーだったのか。
現場にいながら、いま何が起きているのか、わからない。むしろ茶の間でテレビをみているほうが、全体の動きがわかっているという状況で、鉄球で山荘を壊すところなどは、近くにいながら、みられません。犯人は武器をもっているので、報道陣の行動範囲は制約されていて、ずいぶんもどかしい気分になりました。
2月28日、浅間山荘に警察が突入し、事件は解決しましたが、ご存じのように警察官2人が殉職しました。きのう、佐々さんはあいさつのなかで、パーティー会場に、遺族の方がみえられているはず、と話していました。逮捕された5人が、連行されてくるとき、人垣の間から罵声が飛びましたが、そのなかをごう然と歩く坂東の姿が眼に焼きついています。こういうときは、現場にいないと臨場感ある原稿は決して書けませんね。周知のように、のちに、かれはテロリストとの交換条件で海外へ逃れました。福田内閣の苦渋の決断でしたが、もう2度とあってはならない判断だったと思います。
<きょう・あす・あさって>
2月22日、大安、ウメ開花(殿ヶ谷戸庭園)。
2月24日、ウメ開花(小金井公園)、サンシュユ開花(桜ヶ丘公園)。
〔フォトタイム〕
国立新美術館その12
レストラン、ミュージアムショップ、アートライブライーなど、新美術館には立ち寄るところがいろいろあります。美術館というのは、いってみれば、知性人の憩いの場なんですね。




by tohrusan
この件は、鳩山さんが正しい