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バレエ・茶道・生け花を習う男性急増の記事に思う

2010/03/18 07:30

 

きのうの日本経済新聞夕刊に、<女性のイメージが強いバレエや茶道教室で数年前から男性が急増し、男性限定の生け花教室も登場>という記事があった。<不況で残業が減り、自由時間がふえてことや、仕事から離れて「癒やし」を求める現代の男性心理も背景にありそうだ>とは、記者の分析である。

 

けいこごとも、どんどん男女の垣根がとれていくが、これは好ましい風潮だと思う。よく通りかかるボクシングジムでは、時折、若い女の子がサンドバッグを叩いている。なかなか勇ましい。某日夕刻、丸の内界隈を歩いていたら、あるところで、ガラスごしに料理教室がみえた。生徒は若い女性ばかり。ここに男性が参加しても、ぜんぜん、おかしくないのだが…。

 

20代の前半、しばらく裏千家の茶道教室に入会した。というと、いかにも時代を先取りしたふうにみえるが、タネをあかせば、実際は自分の意志ではなく、年長の義理ある人に頼まれたもの。「友人が茶道教室をひらくので、生徒が集まるまで、すこしばかりけいこに通ってくれないか」という依頼。

 

生徒もふえ、しばらくして退会したが、そのままつづけておけばよかった、とちょっぴり後悔している。茶道にかぎらず、けいこごとは、持続するのが肝要。10年、20年とつづけば、充実感が格段にちがってくるのだ。

 

ただ、若いときに、茶道にちょっとばかりふれたおかげで、その後に得たものはすくなくない。それは裏千家若宗匠の千宗之さん(現家元)にインタビューしてみたい、という願望になり、実現したあと、いまもおつき合いいただいているのも、そのひとつ。

 

とにかく、まず行動を起こすこと。バレエ・茶道・生け花であれ、なんであれ、継続したけいこごとから、かならずなにかが得られるはずだ。

 

〔フォトタイム〕

 

上野公園入口付近その4

上野公園入口付近は、早くも花盛りです。

 

 

 

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部下が嫌がる上司

2010/03/17 16:17

 

部下が嫌がる上司とは、どういうタイプだろうか。頑固、底意地がわるい、怒りっぽいといった、要するに性格が悪い上司の場合、まず部下に慕われることはあるまい。

 

もっとも、性格がよくても、部下から敬して遠ざけられる上司もいるはずだ。たとえば真っ先に出社し、一生懸命に仕事をし、スタッフにも全力投球を求め、遅くまで残業している上司は、世間にすくなくないが、あまり部下からは歓迎されていないのではなかろうか。

 

仕える側にすれば、ときには遅刻し、ほどほどに手を抜き、頑張る姿をあまりみせず、ときたま定刻かっきりにオフィスをでる上司のほうが、好感がもてる。

 

けさの産経新聞によれば、長妻昭厚生労働相が省内にだす指示が「細かすぎる」と職員から不満が噴出しているという。「あいさつは大きな声で」といった指示書が、大臣就任から半年で1000件を超えたとか。

 

記事によれば、当の長妻さんは、「大臣が『よきにはからえ』という政権ではない。指示が多いとは思っていない」と涼しい表情という。ご本人は、世のため、国民のため、一生懸命なのだ。

 

長妻さんが、厚労相に決まった時点で、こういう事態はあるていど想定できたので驚くこともないが、一般論として、細かい上司というのは、スタッフにとってはシンドイ。

 

40兆円という日本最大の予算を仕切る大臣なんだから、もっと堂々と構えていいと思うが、これは長妻さんの性格にもよるのだろう。

 

それにしても長い宮仕えで、細かい上司に一度としてあたらなかったのは、ほんとうにラッキーだった。

 

〔フォトタイム〕

 

上野公園入口付近その3

本格的な花見シーズンが近づいてきました。

 

 

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無料博物館

2010/03/16 07:30

 

きのうの産経新聞に、無料博物館が紹介されていた。入場料のいらない博物館というのは、まさしく耳より情報である。

 

この記事に出てくる無料博物館のなかで、「警察博物館」は当欄で取り上げた。また、「お札と切手の博物館」も入ったことがある。市ヶ谷の大日本印刷へ出張校正で通っていたころに行ってみた。なかなか面白かったのを覚えている。

 

この記事には、機会があったら行ってみたいところもあった。とにかく、参考までに記事で紹介された無料博物館をピックアップしておこう。

 

<関東>

「りっくんランド」(練馬区、陸上自衛隊広報センター)

「オカムラいすの博物館」(千代田区、岡村製作所)

「警察博物館」(中央区、警視庁)

「お札と切手の博物館」(新宿区、国立印刷局)

「ガスの科学館」(江東区、東京ガス)

「消防博物館」(新宿区、東京消防庁

「杉並アニメーションミュージアム」(杉並区、杉並区役所)

「相撲博物館」(墨田区、日本相撲協会)

「セイコー時計資料館」(墨田区、セイコー)

「世界のカバン館」(台東区、エース

 

<関西>

「インスタントラーメン発明記念館」(池田市、日清食品)

「江崎記念館」(大阪市西淀川区、江崎グリコ)

「京菓子資料館」(京都市上京区、ギルドハウス京菓子)

「丹後ちりめん歴史館」(京都府与謝野町、丹後ちりめん歴史館)

 

「インスタントラーメン発明記念館」は、最近、TBSで放映された(録画してあるが、まだみていない)。徳光和夫さんがこの記念館を訪れ、世界初のインスタントラーメンを発明した安藤百福さんの生涯をたどるというもの。機会があったら、行ってみたいところだ。

 

全国には、無料博物館はまだたくさんあると思う。気づいた方は、教えていただきたい。 

 

〔フォトタイム〕

 

上野公園入口付近その2

早くも桜が咲いていました。

 

 

 

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まずはホームドクターへ

2010/03/15 14:35

 

どこもおおむね同じと思うが、定期検査などでお世話になっている大学病院は完全予約制で、初診でなければ、以前のように何時間も待つ必要はない。昔とくらべれば、ずいぶん楽になった。

 

待ち時間が短縮されれば、理屈のうえでは、従来より病院は静かで、人の往来もすくなくなるはず。しかし、みた感じでは、病院内の雰囲気は、昔とあまり変わらない。患者のほうがふえているのだろう。

 

頭痛がする、咳が止まらない、微熱がつづくといったくらいで、大学病院へ駆けつける人がいるらしい。まあ、軽い症状だと安心していたら、検査の結果、重い病気が発見された、ということもある。だから、一概に「困った人たち」とはいえないにしても、「なにも大学病院に来なくともいいのではないですか」といいたくなる人が何%かはいるにちがいない。

 

聞くところによると、話し相手を求めて大学病院へ行くお年寄りもいるとか。ホントかどうかは、知らないが。

 

いずれにしても患者が殺到する大学病院や大病院の勤務医は、多忙をきわめている。“薄利多忙”ということばもある。そもそも研究機関でもある大学病院が、軽い症状の患者まで診るというのは、本来の趣旨にあわない。こういう風潮が目にあまるならそれをあらためる、なんらかの対策は必要であろう。

 

けさの日本経済新聞は、医療・介護改革にかんする同社研究会の提言を伝えている。そのなかに、病院と診療所の役割を分け、大学病院などは原則、重い病気の入院や手術などの専門医療に専念する体制づくりをすすめている。記事によれば―ー。

 

<体調が悪くなった人は、まず近所の診療所で家庭医の診察をうける。専門的な検査、治療や難しい手術などが必要と診断されれば、紹介状によって病院に行く仕組みにあらためる。紹介状を持たずに病院の外来窓口を訪れた場合は、患者の負担を大幅にふやして、「まず家庭医へ」を徹底させる>

 

大学病院を息抜きの場と考えている人たちに来院を遠慮してもらうために、「患者の負担を大幅にふやして」も、すなわち待ち時間をぐんと長めにしたり、初診料を高くしても、その効果はどうだろう。なにしろ、小銭はもっているし、時間もたっぷりある人たちである。

 

〔フォトタイム〕

 

上野公園入口付近その1

先日、上野公園入口付近を撮ってきました。

 

 

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アフリカの陽が昇る

2010/03/14 18:04

 

「ニューズウイーク日本版」317日号に、<つぎの中国 アフリカの陽が昇る>というタイトルの記事がある。アフリカには、目がくらむほどのビジネスチャンスがあるというのである。

 

<高い経済成長といえば中国インドにばかり目がいくが、いつも見落とされているもうひとつの世界的成長株がある。アフリカだ>と、記事は書きだしているが、そのとおりだと思う。なにしろ、世界中が不景気に苦しんだ2009年でさえ、アフリカ大陸は2%近くの経済成長をとげたのである。

 

テレビをみていて、なるほどなあ、と思ったのは、アフリカの携帯の驚異的な伸び。固定電話を飛び越して、携帯が普及していく様に、この大陸のマーケットの凄まじさを感じた(貧困層の実態など、昔と変わらない面はひとまずおいて)。

 

アフリカへ積極的に進出してきた中国は、資源獲得もさることながら、この巨大なマーケットを視野にいれているのは、まちがいない。

 

「外交フォーラム」4月号に、東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授が、<9億人市場に向かう中国ビジネス>という論文を寄せている。

 

丸川教授によれば、中国とアフリカの貿易額は2003年から2008年までの5年間で185億㌦から1072億㌦へ、6倍近い急激な伸びをみせているという。

 

同じ期間に日本の対アフリカ貿易も3倍近くに伸びているが、2008年現在、日本は中国の3分の1以下の規模でしかないとか。

 

かつて、日本の企業戦士たちは、世界の隅々まで赴き、商機を拡大して、経済大国の礎を築いた。当然、アフリカへも足を延ばしていたのだが、そのご、油断があったのだろう。あっという間に、中国に先を越されてしまった。

 

〔フォトタイム〕

 

第一生命ビルその7

昭和はどんどん遠くなり、いずれこの建物も忘れられていくのでしょうか。

 

 

 

 

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全身の透視検査の是非

2010/03/13 08:43

 

けさの日本経済新聞によれば、政府はテロリストなどが航空機に持ち込もうとする爆発物などをみつけやすくするための「全身透視検査」を、日本国内の空港で導入するための検討に入ったという。

 

空港の検査というのは、どうも苦手だ。なかなかするりと抜けられない。先日も、外国の空港でひっかかった。万全を期してゲートをくぐったのだが、ダメだった。

 

どうしてだろう。ベルトだって、はずしているのに。

 

係員が全身にスキャナーをあてて、ポケットのものをぜんぶ出せ、という。カナモノなどありませんよ、と心のなかでつぶやいて、いわれるままにした。

 

原因は、なんと常備薬だった。スキャナーもずいぶん精巧になったものだ。いまは、粉末型の爆発物が機内に持ち込まれる危険性が高まっているのだ。

 

液体のたぐいも、むろん、没収である。

 

これだけきびしく検査しても、まだ安心できない。昨年12月に起きた、米国爆破テロ未遂事件のようなこともある。

 

そこでアメリカイギリス、オランダでは、全身を透視できる検査を実施している。わが国も、テロ対策強化から導入の検討に入ったというわけだが、当然ながらプライバシーの問題がある。裸丸見えというわけではないが、かなりきわどいところまでみられてしまうのは否めない。

 

結局、テロ防止の安全を重視するか、プライバシー尊重か、ということになる。どちらをとるかといえば、前者になるが、プライバシー派への配慮を忘れてはなるまい。検査の担当者を同性にするとか、導入に踏み切るには、それなりの工夫は必要だ。

 

〔フォトタイム〕

 

第一生命ビルその6

この建物には、まだ知られていない歴史秘話が隠されているような気がします。

 

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日本は拒否した宦官という不思議な存在

2010/03/12 07:30

 

昨晩、NHKBS2で映画「ラストエンペラー」をみた。1987年公開のイタリア・中国・イギリスの合作映画で、アカデミー賞作品賞を受賞した。ラストエンペラーを演じたのは、ジョン・ローン。

 

この映画は、何度もみているが、これでずいぶん知識も得た。史実に忠実かどうかはともかく、いろいろ考えさせられる映画ではある。

 

最初のほうで、幼い皇帝、溥儀のまわりをかためる宦官(かんがん)たちが登場したが、いまの若い人たちは、宦官というものを、どの程度まで知っているのだろうか。

 

日本は、中国からさまざまな知識などを得た。しかし、けっして科挙と宦官は受け入れなかった。日本の先人の、こういうところの識別力というのは、ほんとに凄いと思う。

 

どう考えても、日本の風土、日本の文化、日本の皇室に、去勢された男性の使用人というのは、あわない。

 

宦官は、むろん清朝だけのものではない。トルコのスルタンといえば、ハーレムを連想するが、イスタンブールのトプカプ宮殿のハーレムで権勢を誇っていたのは黒人の宦官であった。白人宦官もいたが、ハーレムへの出入りをチェックしていたのは、黒人宦官である。

 

しかし、中国に黒人宦官がいたという話は聞かない。

 

皇帝の傍に侍る清朝の宦官は、絶大な権力をもっていた。その理由は単純で、権力者との距離が近かったからにほかならない。これは、古今東西、変わらない真理である。

 

現在の日本のおいても、最高権力者との距離が、権力度のバロメーターとなっているのはいうまでもない。ただし、これは、ちょっとしたことで、あっけなく崩れてしまうことも歴史の教えるところである。

 

〔フォトタイム〕

 

第一生命ビルその5

戦後の一時期、ここはまぎれもなく権力の中枢でした。

 

 

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無報酬のとき、人はもっと働くこともある

2010/03/11 08:20

 

NHK「クローズアップ現代」の昨晩のテーマは、<急増する無料ビジネスの舞台裏>であった。いま、無料ビジネスが花盛りだという。デジタル時代では、無料が基本という風潮が一般的だが、果たして、これが健全な状態かどうか、新聞社に勤務していた人間にとっては悩ましいところである。

 

無料ビジネスといっても、それが生業(なりわい)であるかぎり、純粋な無料というのは、ありえない。どこかに、なんらかの仕掛けがあるはずで、無料ビジネスにやすやすと乗ってしまうと、大やけどをすることもあるかもしれないので、十分気をつけたほうがよい。

 

それにしても、無料と有料の差は大きい。

 

アメリカのある地方紙が、廃刊となった。職場がなくなった記者の何人かが、集まって有料のネット新聞を立ち上げた。地元の有力者、多くの元読者も声援を寄せていたにもかかわらず、肝心の有料のネット購読者は、思ったほど多くなかった。こういう現実をみせつけられると、ほんとに気が重くなる。

 

昨晩の「クローズアップ現代」で面白かったのは、無料ビジネスを研究しているアメリカの大学教授が、「無報酬のとき、人はもっと働くこともある」と指摘していたこと。かれは、トラックに荷物を乗せてもらう、という状況をつくって、実際に手伝ってもらう人を集める実験を試みた。

 

最初に、現金をちらつかせて助っ人を頼んだが、応じる人はいなかったという。それよりも、「手伝っていただけませんか」と、呼びかけたほうが、荷物運びを手伝ってくれる人が何人も現れたというのである。

 

〔フォトタイム〕

 

第一生命ビルその4

まっすぐ行けば新橋で、途中に帝国ホテルがあります。

 

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マッカーサー側近の不安

2010/03/10 17:16

 

65年前のきょう、米軍のB29爆撃機のじゅうたん爆撃で、東京の下町は猛火につつまれ、10万人以上が犠牲になった。テレビで、毎年310日が来ると、あの日を思い出して涙があふれると、年配の人が話していた。被災した人々にとって、東京大空襲のつらい記憶は、おそらく生涯消えることはあるまい。

 

時の流れは、徐々にアメリカへの敵意をやわらげていったが、その年の830日、神奈川県の厚木に降りたったマッカーサーと側近らは、占領直後の日本人の恨みの感情を読み切れず、かなり不安をいだいていたのはたしかである。

 

それはそうだろう。各地の戦場の悲惨な状況にくわえて、沖縄や東京の大空襲、広島や長崎の原爆投下などで、日本列島はウラミツラミの坩堝となっていたはず。

 

厚木飛行場へ、例のコーンパイプにサングラスという、一見無防備とも思えるスタイルで現れたマッカーサーは、映像でみるかぎり、いかにも余裕たっぷりという感じだ。すくなくとも、厳重な警戒のなか、敵地に乗り込むという雰囲気はひとかけらもない。

 

しかし、実際には、武装した米軍兵士が、周辺一帯に配備されていたのである。メディア効果を熟知していたマッカーサーは、カメラの視野にものものしい警備の様子が入りこまないように、周到な配置をおこなっていた。

 

そして厚木から横浜のホテルへむかうマッカーサーの車列は、踏切以外、停車することはなかった。

 

〔フォトタイム〕

 

第一生命ビルその3

GHQは、早くからこの建物に目をつけていたようです。

 

 

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野口英世博士と夫人のこと

2010/03/09 17:42

 

ガーナを訪問されている皇太子殿下は8日、首都アクラの野口英世記念研究室を視察された。ここには野口博士が使った顕微鏡や母親からの手紙などが展示されているという。

 

そのなかで、4年前に訪れた小泉純一郎首相(当時)が感心したのは、「忍耐」と書かれた博士直筆の額縁。小泉さんは、同行記者団に、「忍耐というのは、何をするにも大事なんだなあ」と感慨深げに語った、と産経新聞は伝えている。

 

野口博士は昭和31928)年、黄熱病にかかってガーナで亡くなった。そのとき、夫人はアメリカにいたというが、作家の嵐山光三郎氏によると、相当の悪妻のようで、講談社発行の小冊子「本」(平成204月号)にこう書いている。

 

<千円札の顔になった野口英世は、ニューヨークの酒場で知りあったはすっぱ女のメリー・ダージェスと結婚して、大失敗した。野口はロックフェラー医学研究所の首席助手で、年棒3000㌦もかせぎ、メリーはそこに目をつけた>

 

嵐山氏によれば、浪費家でヒステリーの夫人は、家のなかで博士をぶん投げたこともあるとか。そういう夫人について、いずれ詳しく調べてみようと思っている。

 

〔フォトタイム〕

 

第一生命ビルその2

マッカーサー元帥は、ここ第一生命ビルを総司令部として占領政策を打ち出していきました。

 

 

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